天文学者と一般市民が力を合わせ銀河の謎に迫る、国立天文台の市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE(ギャラクシークルーズ)」から初めての科学論文が出版されました。すばる望遠鏡の高感度・高解像度の画像と、市民天文学者による高い分類精度を組み合わせ、銀河が衝突・合体する際に銀河の中のさまざまな活動性が高くなることを明らかにしました。GALAXY CRUISE の分類結果は公開されており、世界中の天文学者による利用でさらなる発見がなされることが期待されます。

図1:2019年11月に日本初の市民天文学プロジェクト、GALAXY CRUISE(ギャラクシークルーズ)が出航しました。宇宙に満ちあふれるさまざまな色・形の銀河の謎を解くことが目的の航海です。今回、第1シーズンと呼ばれる、最初の2年半の分類結果(約 200 万件)をまとめたカタログが公開され、科学解析の結果が論文として出版されました。(クレジット:国立天文台)
宇宙は多種多様な銀河で満ちあふれています。赤っぽい色をした楕円銀河もあれば、青い渦巻銀河もあります。形の崩れた銀河もあります。このような多様性の原因として、銀河同士の衝突や合体が大きく関係していると考えられてきました。しかしながら、銀河同士が合体するときに何が起きるのか、天文学者の観測的な理解は限定的なままでした。それはそのような銀河が稀で見つけるのが難しいからです。そこで、GALAXY CRUISE は、一般市民、すなわち市民天文学者の力を借りて、それらの銀河をすばる望遠鏡の Hyper Suprime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム, HSC)が撮影した銀河の中から見つける旅を始めました。
GALAXY CRUISE に乗船した市民天文学者は、もちろん銀河分類の専門家ではありません。それなのに銀河の分類なんてできるのでしょうか?ご心配なく、そこは専門家がきちんと教えてくれます。トレーニングコースをこなして銀河の形態を理解すると、乗船許可証が手に入り、GALAXY CRUISE に乗船できます。広大な宇宙を旅しながら、初めて出会う銀河の形に多くの市民天文学者が魅入られました。最初の2年半で約1万人の市民天文学者が協力し、200 万件を超える分類が集まりました。これは天文学者だけではとてもなし得なかった成果です。
その分類結果を、GALAXY CRUISE の「船長」である田中賢幸准教授(国立天文台 ハワイ観測所)が丁寧に科学解析しました。そこから、市民天文学者の分類精度はとても高かったことがわかりました。例として渦巻銀河を図2に示します。GALAXY CRUISE が用いた HSC 画像の質の高さもこの分類精度に貢献しています。先行研究では楕円銀河と思われていた銀河の周りに、はっきりと渦巻き構造が見えるケースがたくさん発見されました。つまり、今まで間違って分類されてきた銀河が多くあり、GALAXY CRUISE の分類精度は先行研究を大きく超えていると言えます。
GALAXY CRUISE の主対象である、衝突・合体の過程にある銀河にもそれが当てはまります。銀河が衝突・合体する際に銀河の形がゆがめられたり、銀河の周りに特徴的な形が見えることがありますが、これらの特徴はしばしばとても淡く広がっていて、見逃されてしまうことが多いのです。しかし、すばる望遠鏡の感度と解像度を活かした HSC の画像は、今まで見つかっていなかった衝突・合体の淡い痕跡を多くの銀河で捉えました。さらに、市民天文学者達の分類をうまく使うことで、衝突・合体銀河の中でもとりわけ激しい合体の現場にある銀河を見つけることができました。図3にそのような銀河を示します。どの銀河も形が大きく崩れ、複雑な形をしています。こういった銀河は珍しく、見つけるのが難しいので、まさに人海戦術で頑張った GALAXY CRUISE の特徴がよく出たサンプルと言えるでしょう。
今回の科学解析から衝突・合体をしている銀河は、そうでない銀河と比べて星形成活動(注1)が活発になっていることがわかりました。さらに銀河の中心にあると考えられている、超大質量ブラックホールの活動性(注2)も高まっていることが示されました。興味深いことに、その傾向は図3に示したような、とりわけ合体の激しい銀河で顕著であることがわかりました。銀河同士が最終的に合体する際に、銀河の中でさまざまな活動が引き起こされるようです。これらの結果が科学論文として出版されました。GALAXY CRUISE の市民天文学者の努力が実った、記念すべき最初の論文です。
田中准教授は、「GALAXY CRUISE が調べたような、衝突・合体をする銀河における内部活動性の研究は、今までも数多くなされてきましたが、相反する研究結果が報告されることがしばしばありました。それは銀河の衝突・合体を調べることの困難さや、解析手法の違いなど、さまざまな要因があったと考えられています。GALAXY CRUISE は銀河の画像から衝突・合体の痕跡を探すという、とても時間はかかるものの、直接的で強力な手法です。HSC の画質の高さと相まって、今までの研究よりも良い衝突・合体銀河のサンプルが得られたと考えています。そのおかげで、本研究では、銀河の内部活動性が活発になることを明らかにできました。これは科学的に非常に価値の高い分類結果を用いた成果です。全て市民天文学者の皆さんの貢献のおかげです」と感謝の気持ちを述べています。
この GALAXY CRUISE の分類結果は、論文の出版とともに世界中の研究者に向けて公開されました。科学的価値を認められた市民天文学者の分類がさらに広く活用され、新たな発見へとつながることが期待されます。
「今まで、研究は研究者がするものと思われていたかもしれません。そうではありません。この論文のように市民の皆様も貢献できます。GALAXY CRUISE はまだ航海の途中です。ぜひ乗船して、銀河の謎に一緒に挑みましょう」と、田中 "船長"は呼びかけています。
本研究成果は、日本天文学会欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan;PASJ)に 2023年9月26日付で掲載されました(Tanaka et al. "GALAXY CRUISE: Deep Insights into Interacting Galaxies in the Local Universe")。
(注1)銀河の中には大量のガスがしばしばあります。それが冷えて重力により高密度に凝縮されると、新しい星が生まれます。銀河はガスから星を生む、星の生産工場なのです。このような星を生む活動を銀河の星形成活動と呼びます。
(注2)重い銀河の中心部には超大質量ブラックホールがあると考えられています。ブラックホールはその強大な重力で、周囲から物質を引きつけます。ブラックホールに物質が落ち込む際、ブラックホールの周辺が明るく輝き、これがブラックホール活動として観測されます。つまり、活動性が高いということは、大量の物質がブラックホールに流れ込んでいることを意味しています。
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。